To give to take

そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色、いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のようにほのぼのと咲いた。この紫は螢草、螢が好きな草ゆえに私も好きな草である。私はこんなにして色ばかり見るのが楽しい。じっと見つめていれば瞳のなかへ吸いこまれてゆくような気がする。ようやく筆の持てる頃から絵が好きで、使い残りの紅皿を姉にねだって口のはたを染めながら皿のふちに青く光る紅を溶して虻や蜻蛉の絵をかいた。そののちやっとの思いで小さな絵具箱を買ってもらい一日部屋に閉じこもってくさ草紙の絵やなど写したが、なにも写すものもなく描くものも浮んでこないときは皿のうえにそれこれの色をまぜてあらたに生れる色の不思議に眼をみはり、また濃い色を水に落して雲の形、入道の形に沈んでゆくのに眺め入った。さてもこの綺麗な色紙はいつの日かまた妹の指に畳まれて鶴となり、ふくら雀となるであろうか。

「こなひだいい縮があつたからお揃ひに買つといたよ」
といつて反物を渡しながら
「これにいつかの羽織をきて銀座を歩くと女が惚れるよ」
とつけ加へた。あさぎと鶯とねずみの縞を縦長の細かい格子にしたもので、いかにも飛田の好みらしいいきな柄だつた。上等の品だけにしつとりと著心地がよかつたけれど生れつきしんからやぼにできてる私はそれを著て出る気になれず、徒に間がり生活の行李の底にしまひこんでおいた。したら今度は駒江さんが飛田と同じことをくり返した。二人してひとを焚きつける。とはいへ田舎のはうへ田舎のはうへと散歩をして孟宗の藪や角の鋭い乳牛などにばかり見とれ銀座なぞ考へてもみなかつた私は飛田から
「著たまいよ 折角買つたものを」
といはれてさへたうとうそれを身につけずにしまつた。

 この島守の無事であることを湖の彼方の人びとにつげるものはおりおり食物を運んでくれる「本陣」のほかには毎夜ともす燈明の光と風の誘ってゆく歌の声ばかりである。この人は昔村が街道筋にあたって繁昌した頃の御本陣のあととりだが、時勢の変遷や度かさなる村の災厄のため落魄して今はここでも小さいほうの数に入る一軒の家のあるじにすぎないけれど通り名だけはもとのまま「本陣」と呼ばれている。本陣は村じゅうでいちばん人がいいといわれるとおりおそらく国じゅうでも最も善良な人のひとりであろう。その善良朴直のゆえに私は心からこの人を愛する。性来、特に現在甚だ人間嫌いになった私にとってもこの人が島へくることは一尾の鱒が游いできたような喜びを与える。――追記。その後いちど逢ってしみじみ昔話でもしたいと思いつつおりを得ずに幾十年かたつうちに本陣は亡くなった。残念なことをした。家も新築されてあとが栄えてると人づてにきいて喜んでたのだったが。